沿革

沿革

1955年(昭和30年)
財団法人 光ヶ丘愛世会スペルマン病院開設 許可病床100床
小林 有方 理事長就任
猪岡 宗男 院長就任
1958年(昭和33年)
1病棟増設 125床へ増床
星 安治郎 院長就任
1961年(昭和36年)
オタワ愛徳修道女会(前名称:ド・ラ・クロア愛徳修道女会)に経営移管
モニック・グレイ 理事長就任
1962年(昭和37年)
前田 敏行 院長就任
1963年(昭和38年)
シスター4名来日 栄養士、看護師、事務、派遣
結核病床83床、内科42床
1965年(昭和40年)
法人名変更 財団法人 光ヶ丘スペルマン病院に名称変更
1967年(昭和42年)
小児科新設 唐橋 実 就任
1968年(昭和43年)
レイモンド・テリエン 理事長就任
1970年(昭和45年)
クローデット・ラクルスイエール 理事長就任
1971年(昭和46年)
オタワ愛徳修道女会本部より 総長マルセル・ゴーチェ 副管区長 レピン来日 外科休診
1972年(昭和47年)
結核病棟廃止
1973年(昭和48年)
アチール・クルノイエ 理事長代行就任
鉄筋新病棟建造
1975年(昭和50年)
佐藤 千敬 理事長就任
1976年(昭和51年)
佐藤 千敬理事長 仙台司教に任命
1977年(昭和52年)
第一期整備計画承認
オタワ愛徳修道女会から教区へ経営移管
基準看護、基準給食、基準寝具、一類認可
1978年(昭和53年)
ファチマ寮新築落成
1979年(昭和54年)
ヘフナー枢機卿来院
1980年(昭和55年)
医療コンピューター導入
1981年(昭和56年)
産婦人科外来新設 金井 忠男 就任
CT導入、基準看護特二類認可
新病棟落成(第一期工事)
内科90床 産婦人科10床 小児科32床 
計132床(重症室2床)
1982年(昭和57年)
脳神経内科外来 新設
1983年(昭和58年)
看護師養成奨励金制度 新設
1985年(昭和60年)
外来ホール改築・改造
薬局・外来事務 移転
1986年(昭和61年)
理学診療科(リハビリ室)新設
第二次整備計画立案
1988年(昭和63年)
猪岡 英二 院長就任
1989年(昭和64年)
全身CT導入
1990年(平成2年)
高橋 寛 院長就任
1991年(平成3年)
喘息・アレルギー外来 新設
1993年(平成5年)
パストラルケア部設置
ボランティア導入
1994年(平成6年)
第二期整備計画承認 「ホスピス設置を願う会」よりホスピスを要望
1995年(平成7年)
ホスピス設置を県から要請され計画が承認
管理棟を含む病棟増改築(第二期工事)
内科82床 産婦人科20床 小児科30床
計132床(重症室2床)
阪神淡路大震災に看護師3名を派遣
1998年(平成10年)
ホスピス棟落成 ホスピス棟20床
亀岡 祐一、川辺 圭一 就任
1999年(平成11年)
リウマチ・膠原病内科 新設 岡崎 太郎 就任
2000年(平成12年)
鷹觜 達衛 理事長就任
志村 早苗 院長就任
2002年(平成14年)
内科病棟増改築承認
院外処方開始
2004年(平成16年)
給食部門外注委託開始
内科病棟増改築落成
特殊疾患療養病棟32床 内科病棟38床 産婦人科病棟20床
混合病棟30床 ホスピス棟20床
計140床
2005年(平成17年)
創立50周年オーダリングシステム導入
2006年(平成18年)
日本医療機能評価機構 病院機能評価認定(Ver.5.0)
第1病棟 特殊疾患病棟を療養病棟へ病棟変換
2007年(平成19年)
レントゲン室改修、CT及び一般撮影X線装置更新
2009年(平成21年)
第1病棟 療養病棟を特殊疾患病棟へ病棟変換
2012年(平成24年)
日本医療機能評価機構 病院機能評価更新認定(Ver.6.0)
2013年(平成25年)
財団法人から一般財団法人光ヶ丘愛世会へ法人移行
スペルマン病院ホスピス開設15周年
2014年(平成26年)
オーダリングシステム及び医事システム入替
救急告示病院認定
地域包括ケア病床開設(6床)
2015年(平成27年)
ファチマ寮(旧看護師寮)解体し、旧館病棟増改築工事開始
2016年(平成28年)
旧館病棟増築落成
特殊疾患病棟40床 内科病棟42床
産婦人科病棟17床 混合病棟26床
計140床
熊本地震災害に薬剤師2名を派遣
2017年(平成29年)
小松 史朗 理事長就任
日本医療機能評価機構 病院機能評価更新認定
(一般病院1 3rdG:Ver.1.1)
2018年(平成30年)
地域包括ケア病床増床(9床)